山陰の輝く人物にインタビュー
山陰の元気人

山陰で頑張る人を取材し、紹介しています。



連載
依頼主の思いを200%表現する。ハッとするデザイン広告の作り手。

夏目 薫 (なつめ かおる)さん

(VOL.37)

広告を目にしない日はない、と言っていいほど、どこに行っても何を見ても、広告は必ずあります。チラシ、ポスター、DM、パンフレット…。どれも同じようなもんだな、と思っているところへ、ハッとするような広告が目に飛び込んできたら、やっぱり見入ってしまいますよね。

アートディレクターの夏目薫さんは、そんな広告の作り手です。彼自身はデザイナーですが、単に広告をデザインする人、という枠を越えてしまっています。ハッとする広告は、一体彼のどこから生まれてくるのか?お話を聞いてみました。

【今回の元気人】アートディレクター 夏目 薫 (なつめ かおる)さん
【今回の元気人】夏目薫さん。
一見、静かで大人しそうですが、話すと、とても思考力に長けた人だということが分かりました。頭のきれる人ですけど、生み出すデザインには、何ともいえないぬくもりがあります。

出雲市在住。URL⇒ ArigatoForYou (http://afy.jp/

普段着のような空気

夏目 薫さんを良く知るためのイメージ
夏目さんの作品の数々。見たことのあるものが、いくつかありました。

夏目さんの広告は、何とも言えない空気を持っている。鋭利な刃物のように、見る人をザクザク斬りつけるようなシャープさはないけど、かっこいい。都会っぽい雰囲気はあるけど、どこかしら懐かしさみたいなものがある。やわらかい、というわけではない。凛とした感じがあってスッキリしている…。記者の個人的な感想だが、的外れではないと思う。右の写真が夏目さんの作品。どちらもブルー系の色づかいで、すぅっと目に入ってくる。

感想ついでに、もうひとことだけ言わせてもらえば、夏目さんの作る広告は、よそ行きの着飾った印象とは違う、どこか普段着のような雰囲気を持っている。だけど、「あれ?普段着ってこんなカッコよかったっけ?」と思わせるほど、宣伝しようとする会社や商品のいいところをデザインの中に忍ばせている、そんな気がするのだ。

彼の実力は、島根県ではよく知られたもの。島根広告賞で何度も受賞したことがあり、広告制作の依頼も数多い。気鋭のデザイナーなのだから、いくつもの仕事を掛け持ちして忙殺されているんだろうな、と思いきや、実物の彼はちょっと違う。すごくマイペース&物腰やわらかなのだ。

都会で心を磨く

夏目さんの実家は、出雲で印刷業を営んでいる。そんな環境に育ったからか、自身も東京の美術・デザイン系の専門学校に進学。そして彼の兄は当時、鳥取県で広告大賞グランプリなどをとる新進気鋭のデザイナーとして、米子を中心に活躍していた。

「なんとなく、そっち(美術系)の道に進んだ、という感じでしたね」。  夏目さんは当時の自分についてそう話す。だが始めは、映像(芸術)の世界に憧れ、映像作家になることを目指しており、デザインや広告業界そのものにはほとんど感心がなかった。 「でも映像って、自己表現の世界。そんな世界を追い求めながらも、当時のぼくには確立したテーマや表現を見つけだすことができなかった…」

そんな夏目さんの転機となったのは、兄が若くしてこの世を去った、20代に入って間もない頃だった。 「いろいろなことで悩み、それに比例して多くのことを考えるようになりました。人って何?自分って何?生きるって何?って」

専門学校を卒業後、卒業した学校で助手の仕事に就き、改めてデザイン全般・芸術について研さんを積み始める。写真や映像、近代・現代アートに触れる一方で、その表現世界をつくり上げている時代や歴史、人々のものの考え方、世界観を学ぶ重要性を知ったという。  たくさんの本を手に取り、それを読み解くことにも時間をかけ、頭と心を整理していった。そうやって、20代の大部分を過ごした。

「数多くの師との出逢いがありました。芸術家、映像造形作家、アニメーション作家、カメラマン、美術批評家、エディトリアルデザイナー…」

だが、デザインを仕事として手がけた経験はまだ少なく、東京時代は、デザイン関連のパソコンソフトを使いこなせる程度。夏目さんが本気で広告デザインと向き合い、全力を注ぎ始めたのは、むしろ出雲に帰ってからなのだ。 「年齢はかさんではいますが、実のところ東京・出雲を通じてデザイナー歴というのは、まだ6~7年くらいなものですよ」。

ぼくは受像機

夏目 薫さんを良く知るためのイメージ
夏目さんのオフィスです。比較的古い建物ですが、それがまた味がある。BGMにさりげなくボサノヴァが流れているあたり、ああ、デザイナーさんの部屋なんだ、と感じました。

普通の人ならサラっと流してしまいそうなことでも、気になると立ち止まらずにはいられない人間性は、そんな20代の体験によって形作られたのかもしれない。とにかく夏目さんは、納得しないと前に進めない質なのだ。だから、いくつもの仕事を要領よくこなす、ということができない。悪くいえば不器用、その実、こだわり派。

だがどうやら、これが良質な広告を生み出す基礎になっているようだ。例えば、ある会社の宣伝広告を作るとき、夏目さんは何度も何度も、その会社と打ち合わせをする。 「話の中で、その会社のいいところ、商品のいいところを探すんです。でもそれだけではなくて、もし足りないところ、こうした方がいいんじゃないか、と思うことは、どんどん提案していきます」

少しでも引っかかるところがあれば、すぐ先方と連絡を取って話し合う。時々「しつこい」と思われることもあるほどに、だ。 「ぼくは、自分のことを受像機みたいなもんだ、と思ってるんです。会社や商品の長所をデザインとして映し出す。また、ぼくがした提案を先方がどう受け止めるか、その反応を確かめるって意味もあるんです。ぼくが考えていることが、他人に本当に受け入れられているかどうか」。

そして、こうも言う。
「広告は、企業を宣伝したり商品を売るためのものですが、それによって企業側に喜んでもらうのはもちろん、広告を見た消費者にも喜んでもらいたいんです」。

強い思いに共感

夏目 薫さんを良く知るためのイメージ
(作品1)夏目さん企画の作品。「イズモの風」

そんな夏目さんは、ただ仕事の依頼を待つだけでなく、自ら企画した広告を売り込み、形にしてもいる。そのひとつが「イズモの風」という広告だ(作品1の写真)。

出雲でがんばる商店や飲食店の共同広告だが、これを企画したのは夏目さん本人。ふつうは、商店街や業界単位というくくりで共同広告を出すことが多いが、これは、出雲に吹き込む新風、というくくりで広告を募っている。ちょっと変わった切り口だが、これが見る人をハッとさせる要因なのだろう。

夏目さんはいま、出雲市内にある雑貨店「チャリチャリ」といっしょに、いままでになかった切り口のブライダルギフトカタログを作成している。

カタログの名前は「ARIGATO for you」。結婚する二人自らが載せる雑貨を選び、カタログのデザインからギフト点数まで自由にチョイスできるという完全オーダーメードカタログだ。列席者一人ひとりに、ギフトを通じて感謝の気持ちを伝えたい、というチャリチャリ店主の思いに共感した夏目さんは、カタログ構成、デザイン、写真撮影、ホームページ作成まですべて引き受けた。

そんな二人の思いが共鳴する「ARIGATO for you」は、手軽に作られたカタログではない。載せる写真は、すべて夏目さんが撮影したもの。商品のもつ雰囲気を最大限に引き出すため、わざわざ遠方までロケに出かけて写すこともある。

夏目 薫さんを良く知るためのイメージ
チャリチャリさんとのコラボレーション(共同作業)によって生まれた「ARIGATO for you」。若い人向けのデザインに見えますが、実は年齢を重ねた人にも好評なのだそうです。夏目さん独特の、どこか懐かしい雰囲気の作品が、見る人の気持ちを引きつけるんでしょうね。

湯水のごとく経費を払ってくれる大手の仕事ならともかく、小さな雑貨屋のカタログを作るために、デザイナーがここまですることは、ふつう、ない。 「経費がないから、ここまでしかやれない、とは言いたくないんです。その範囲で、最良のものを作る手段を探すんです」(夏目さん)。

チャリチャリ店主の足立さなえさんは、夏目さんをこう語る。
「たくさんの広告賞をとっているのだから、いまや彼がちょっと息を吹けば、ビッグビジネスがいくらでもできるに…」

でも夏目さんは、納得できない仕事はやれない、という。反面、納得したら、依頼者の予想を越えるくらい素敵なデザインを作ってくれる人。依頼者の思いが強ければ強いほど、いいものを作り上げようと惜しまず努力をしてくれる人だ。

夏目さんは、地元が好きだという。
「前向きに進もうとする地域のために、何かしたい。ローカル万歳!です」
山陰にまた一人、頼りになる人が増えた


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