山陰の輝く人物にインタビュー
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連載
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子供達にいま必要なのは「栄養」!
根性だけでは、スポーツにも人生にも勝てない! 子供達の食を考える医学博士・川口美喜子さん |
(VOL.24) |
「そんなことでは勝てないぞ!腕立て100回!」「はい!コーチ!」。学生スポ根ドラマの中で、よく登場する場面ですよね。強い選手になるには、過酷な練習に次ぐ練習を繰り返すことがベスト。そんなふうに思っている人、多いのではないでしょうか。でも、彼女はこう言い切りました。「それだけでは、勝てない」。 島根県で開かれる04高校総体が近づく中、医学博士であり、管理栄養士でもある川口美喜子さんは、ひとり不安を抱えています。彼女が抱く不安とは?そして、子供達の体にいま、何が起こっているのか。すべての教育関係者、親御さんに読んでいただきたい今号です。 |
♣プロフィール | |
| 氏 名 | 川口 美喜子 | 職 業 | 島根大学医学部 管理栄養士・医学博士 | 職 場 | 島根県出雲市 | 仕 事 | 県内各地で、栄養に関する指導や講演活動を行う。数年前から、子供の栄養に特に注目している。 | 趣 味 | ジョギング、水泳、園芸。県内のスイムラン大会に出場するなど、自身もまたアスリート。 |
■豊かな日本で、栄養不足? | |
川口さんが子供達の栄養に目を向けるようになったのは、そう昔のことではない。 その経験が注目を浴び、学校やPTAに招かれての講演活動が増えてきた頃、こんな相談が舞い込むようになったのだ。 その声に押されるように、スポーツに取り組んでいる県内の小中高校生の食生活を調べ始めた川口さんは、がく然とする現実にぶち当たることになる。 「子供達の栄養が、すごく偏っていることに気が付いたんです」。 |
川口さんは、実際の現場も知っていて、栄養調査、検査の知識と経験もある。実体験と科学の目が、子供達の間に広がる問題を見抜きます。 |
■なぜ強くなれないのか | |
「スポーツをしている子供達の中には、疲れがとれない、身体がだるい、食欲がないといったの症状を訴える子供が多いんです。血液検査をしてみると、鉄欠乏性貧血の傾向にある子が少なくないという現状。それに、食事調査をしたところ、生徒達の半数以上が、たんぱく質と脂肪に偏っていて、糖質、ビタミン、ミネラルの摂取が不足していました。それが、貧血や慢性的な疲労の原因になっているようです」 川口さんは言う。 ところが、子供達が日頃食べているのは、鉄分を多く含んだ食品などではない。菓子パン、ファーストフード、出来合いの総菜…。 ある高校教師の話だ。女子陸上部の顧問だった彼は、中学の頃は記録保持者だったのに、高校へ来てタイムがガクンと落ちた女の子が気になっていた。原因が分からず、やむを得ず血液検査を受けてもらった。結果、判明したのは、彼女が「貧血」であるということ。その後、陸上部の女子の多くが、貧血症状を持っていることが分かった。 練習しているのにタイムが伸びない、記録が出ない。普通なら、もっと練習を、と思うだろう。だが、本当に必要なのは練習ではなく、栄養だったのだ。この「栄養」がいま、危機的な状況にあることに、川口さんは不安を抱いている。 |
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■栄養のチカラ | |
スポーツ選手は、パワーやスタミナをつけるために筋肉量を増やす必要がある。そのためにはトレーニングが最も重要だけど、食事で適切な栄養を取らなくては、筋肉は作れないー。食事の重要性に気づいた川口さんは、さっそく行動に出始めた。 水泳をやっているある女の子から、「記録が伸び悩んでいる」という相談を受けた川口さんは、彼女に、毎日食べたもの全ての内容をファックスで送るよう指示した。その献立から、栄養状態をチェック。過不足分の栄養を洗い出し、食生活を指導した。「その甲斐あって、彼女は体が出来てきましたよ」。 それから県に連絡し、スポーツをしている子供達の栄養指導をしていくべき、と声を大にして叫び始めた。ところが川口さんの主張は、関係者の耳をかすめるだけ。県内の体育関係者は、スポーツ技術を磨くことには熱心だが、栄養にはほとんど無関心。川口さんは、技術も大事だが、スポーツをやる上で最も大切な「体づくり」の観点が、関係者の間にすっぽり抜け落ちている、と話す。 「食という根底がないのに、スポーツをしているんです。他県では、いち早く栄養の重要性に気付いて、食の面でも選手をサポートする動きがあるのに。一日も早く、スポーツ栄養士を導入すべきですよ」。 |
子供の栄養について話し出すと、止まらなくなる川口さん。「筋肉を鍛えれば、筋肉は壊れる。それを再生するために、バランスのとれた食事がどうしても必要なの。栄養バランスが悪い子供達も、今は若さで乗り切っているけど、大人になったときに体がどうなっているか心配」。 |
■あるトライアル | |
そんな川口さん、昨年末から、ある本格的な挑戦を始めている。それは、様々なスポーツで優秀な成績を残している学校、大社高校で幕を上げた。
大社高校陸上部の男子駅伝。大社高校の陸上部は、短距離が強い。しかし駅伝では、いまひとつ良い成績を残せていないのだ。勝ちたいー。これがいま、駅伝選手が抱いている正直な気持ち。この思いをかなえようと、顧問の教師、選手、そして川口さんが一体となって、選手達の栄養を改善することで、大会を勝ち上がって行こう、という取り組みを始めたのだ。 目標は「秋の県駅伝大会で6位以内に入り、中国大会に進む」こと。川口さんは栄養指導員として、生徒らと二人三脚で歩んでいる。 「毎朝、牛乳を飲むんだよ。納豆も食べてね。お母さんに頼んで、レバーも食べさせてもらって」(川口さん)。 |
大社高校駅伝メンバーに栄養指導をする川口さん。それまで無反応だった選手らが、血液検査結果を見たとたん、変わりました。自分の栄養状態を突き付けられると、やっぱり真剣になりますよね。がんばれ!駅伝メンバー! |
■知らないからこそ起こる栄養不足 | |
トライアルは他にもある。コーチの強い希望により、松江市のBIGSスポーツクラブの水泳選手を育てるために、小学生から望ましい食事摂取の仕方の指導をしている。スポーツ栄養の重要性を実証したい、という思いが、そこにある。 さらに、横田高等学校女子ホッケー部では、今年の高校総体を勝ち抜くために、仁多リハビリ学園の理学療法の先生とともにサポートを行っている。 そんな中で、川口さんが強く主張しているのは、スポーツや生活に必要な栄養分は、日常の食生活で十分とることができる、という点。栄養指導にサプリメントを取り入れるケースもあるが、サプリメントに含まれている余分な成分が、体に負担をかけることもあるという。 ただ、毎日の食からバランス良い栄養をとるのが難しくなっているのが、現代の特徴。共働き家庭が増え、子供の食生活にまで目が行き届かなくなっている。たとえ三世代同居していても、祖母の作った昔ながらの煮物は食べず、両親の用意した、現代風の料理や出来合いのおかずばかりを食べる。 それに、スポーツ選手に必要な食について、誤解している節もある。 ただそう言うと、現代の親の世代が、子供達の栄養を壊している、と捕らえられがちだが、川口さんは、そうではないという。 川口さんは、そういう知識をもっと一般に普及しなければならないという。つまり食育の普及。栄養知識が必要なのは、スポーツの場面だけではなく、日本人すべてに必要なのだ。 |
食べ物豊かな日本で、子供達が栄養不足に陥っているという奇妙な現象。それが都市部ではなく、農水産物が豊富なこの島根で起こっていることに、正直、ショックを受けた。 毎日のことだから、おろそかにしがちな食。山陰の、そして全国の親御さん、家庭の食を、もう一度見直してみませんか? |
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