山陰の輝く企業にインタビュー



連載
農業が日本を救う!食こそ命
「三和農産(島根県出雲市)」
第16回
(Vol.16)

 
 医療費の増加、いたましい子供の犯罪…何をするにも欠かせない「心と体の健康」という要素に、暗雲がたれこめているようです。それはなぜなんでしょうか?
 この疑問に、ひとつの答えをみつけた農家があります。それが「三和農産」。島根で農業を営む同社代表の渡部博伸さんは、いまの日本で最も大切にしなければならないのは、「農だ!」と言います。その理由を、語ってもらいました。
渡部博伸さん
 渡部博伸さん。社会問題を鋭く論じる頭脳派ですが、学者でも評論家でもありません。彼は、田んぼでアイガモの世話をし、無農薬野菜に額に汗して取り組む農業人。そこがまた、かっこいいんです。
 

  ●燃える農家、出雲に根をはる。

 渡部さんは最初、ある商社に就職した。発展途上の国々で開発援助の事業に携わり、困っている人の役に立ちたい、という思いがあったからだ。それが自分のできる社会貢献だと思っていた。しかし、現実は違った。
「商社ですから、他社との競争に勝つことや、利益を上げることが最優先でした。だから、6年で辞めました」。
 
 世は大量生産、大量消費、そして大量廃棄。こんな現実を憂いながら渡部さんは、沖縄で、バクテリアを用いた農業「EM農法」を学んだ。農薬や化学肥料に頼らない、自然の力をうまく利用した農法だ。

 でもなぜ、農業だったのか。
「これからの時代、最も重要視されるのは『食』です」
 人が生きるために絶対必要な「食べる」ということに、大きな価値が置かれる時代が、間もなく来る、と渡部さんは確信している。

 どうしていま、日本人の心と体が病んでいるのか。それは、食に問題があるから。欧米型の食事、農薬や化学肥料を大量に使った作物、命を感じられない工業品のような食品。これらを食べ続けていると、いつしか体だけでなく、心まですさんでくる。

 それに、日本は食糧の輸入大国。自分の国で食べ物を作れない国は、生命を自力で育てられない国、ともいえるのだ。

「農業は、食、自然環境、教育、あらゆる面に関係している重要な産業です。これを捨ててはいけない」。
 信念の炎を静かに燃やしながら、渡部さんは実家のある出雲の地に帰郷。家族といっしょに、独自の農業を切り開いてきた。

出雲の田園風景
 出雲の田園。でっかい自然の中で、渡部さんは農業に取り組んでいます。
 

 
命を感じる食べ物

 お米、イチゴ、トマト、大豆、さくらんぼ。渡部さん達が作っている農産物だ。極力農薬などを使わず、自然の中で育てようとしている。

 こうした農産物は、特に都会の消費者にファンが多く、口コミで買い手が広がっていった。全国から注文が舞い込むため、通信販売で直接、消費者に作物を届けている。

 中でもお米は、「アイガモ農法」でつくられたもの。田んぼの中でアイガモを飼うと、カモが泳ぎ回ることで雑草がはびこるのを防げる。「田んぼづくりで一番問題となるのは雑草。これを除去するために農薬が使われる」と渡部さん。つまりカモがいれば、農薬を使わなくてもすむのだ。また、カモのフンなどが肥やしになるため、イネもすくすく育つ。

 しかし、田んぼでカモを飼うのは、楽なことではない。何しろカモは動物。とにかく、ガーガーとよく鳴くのだ。

 「鳴き声がかなりうるさいので、住宅地に近いところでは、この農法はまず無理でしょうね。他の農家の方から、カモを飼うのはやめてくれ、と言われることもあります」。そういいながら、カモたちを見る渡部さんの目はやさしい。

アイガモたち
田んぼのカモたち。確かにガーガーとうるさいのですが、それが逆にかわいくって楽しくって、笑い転げてしまいました。都会の人が見たら、大喜びすると思います。
 
 それにしても、イネ刈りがすんでしまうと、カモたちはどうなるのだろうか。
「肉になります」(渡部さん)
 春から夏にかけて、雑草と肥料対策のために田んぼで暮らし、秋になれば、人間の口に入るため、カモたちは田を去る。なんだか切ない気分になっていた時、渡部さんが言った。

「そんな事実を知ると、ああ、人間は生き物の命をもらって生きてるんだなーって、思うでしょ。このカモたちを自分達は食べるんだ、って思うと、食べ残しなどできなくなりますよ」
 渡部さんは、実際に田んぼを見ることで、命の大切さが分かる、という。そして、このことを特に子供達に伝えたい、と考えている。
 

 

観光と農業をセットにする

 考えているだけでなく、渡部さんはすでに実行している。渡部さんの作る農産物の消費者らに対して、実際に田畑を見る「見学会」を実施しているのだ。

「島根県というところは、これといった工業もないし、商業の発展性も薄い。だけど自然だけはあるんですよ。農業、林業、漁業。もうこれしかないでしょ」

 しかし、商業と農業を分けて考える必要はない。観光と農業体験を組み合わせることで、新たなビジネスや経済の可能性が生まれてくるのだ。

 例えば、あくせくした都市生活に疲れた都会人に、自然に囲まれた渡部さんの田畑を見てもらい、ついでに島根観光してもらう。いやしの旅にはもってこいだ。


冊子「出雲阿国だより」

 三和農産が消費者に発行している冊子。見学会に参加した人の感想や、読者からのお便りも載っています。

 もちろん、都会の人だけでなく、地域の子供達にも農業体験してほしい、と思っている。子供の頃に、体で命の尊さを感じていれば、大人になっても必ずそれは生きてくる。命を簡単にふみにじるような犯罪を起こさなくなる。
「農は、すべてのことに通じているんですよ」。繰り返し出てくるその言葉が、現代へのメッセージのように聞こえる。


●農は、やりがいのあるビジネス
 
 農業は厳しい。気候ひとつで、農家の収入は激しく変わる。「目の前で作物がダメになっていく姿を目の当たりにするのは、すごいプレッシャー」というほど、作物の不出来は、農家の懐を直撃する。農薬を全く使わない野菜づくりも、とても難しいという。

 それだけではない。戦後の政策によって、日本では小規模農家が大部分を占めている。そのため専業ではやっていけず、兼業で赤字を出しながら作物を作っているのが実情だ。

 だが渡部さんは、付加価値の高い農産物が、必ず農業を復活させる、と言う。そして、こだわりの農を続けていく農家だけが生き残っていける、と展望している。

 それに、悪いことばかりではない。渡部さんの農業に感銘を受けた若者がIターンし、渡部農産で働き始めている。
「こういう若者が、農業だけで十分暮らしていける環境をつくりたいですね」

お米の写真
↑アイガモ農法で作った米「出雲阿国」。
無添加のお餅「いずも美人」。玄米餅やよもぎ餅など、種類もたくさん。おいしいです。
お餅の写真

 ふと、渡部さんに、農業は楽しいですか?と聞いてみた。
「楽しいですよ。思いどおりにいかないこともたくさんありますが、農業では、自分の知識、経営センス、能力などすべてが要求されます。やりがいはあります」。
 やり手の農家、ここにあり、だ。
 
お餅の写真アップ
有限会社 三和農産
代表取締役 渡部博伸
島根県出雲市大津町283-2
TEL:0088-22-3473(フリーダイヤル)
FAX:0853-23-4263
Eメール okuni@f4.dion.ne.jp
 作物のほか、餅、みそなどの加工品も作っている。注文は電話1本でOK。


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