山陰の輝く人物にインタビュー
山陰の元気人



連載
一軒の家が社会を変えるって信じられる?
でも、それもあながち夢じゃないぞ、と思わせてくれる人
 町の建築家が実現する、触れ合いのわが家!
(VOL.20)
  西洋風のおしゃれな家、ガーデニングが楽しめるかわいい家。最近はうらやましくなるような家がいっぱい建っています。でも、これがパーフェクトな家なのかな?本当に良い住まいなのかな?と疑問に思ったことはありませんか。何か足りないんですよね。その「足りないもの」を、これからの住まいに取り戻そうとしている人がいます。それが、有限会社アートクラフト設計事務所の小村進さん

 荒れてしまった社会ですら、一軒の家づくりから、立て直すことができるといいます。町の建築家が抱いている、でっかい理想について、お聞きしました。

小村進さん
氏名
小村 進
職業
(有)アートクラフト設計事務所
一級建築士
事務所
松江市北稜町1番地テクノアークしまね南館
仕事
消費者と職人を結びつけ、人と心が通いあう家づくりを実現すること。
ホーム
ページ
http://www.mable.ne.jp/~art-craft
■マイホームを知っているか

 あなたは、自分の家について、どれくらい知っているだろうか。家に使われている木に、どれほど職人の思いが込められているか、そしてそれを組み上げていく人たちに、どんな人間ドラマがあるのか、知っているだろうか。答えは「ノー」だろう。いや、無理もない。今はそれが当たり前なのだから。

 しかし「この現状が、住まいや地域をゆがんだものにしてしまった」と言うのが、アートクラフト設計事務所の小村進さん。一級建築士として、自らも家づくりに携わってきた人が言うのだから、説得力がある。

彼は昭和30年代の家づくりと、現在の家づくりを比べてこう言う。
「あの頃の建築には、文化があり、人との交流があった。しかし今は…」

 小村さんのこの言葉を理解するには、小村さんが理想とする「昔の家造り」について、少々説明しなくてはならない。

イメージ写真

家を、デザインや形だけで選んでいませんか?見た目の良い家は素敵ですが、そこに人間らしさが入っていなければ、何かもの足りない。小村さんは、現代建築に欠けているものはコミュニケーションだ、と私に語りかけてこられました。
■建てれば建てるほど地域が壊れる?

「昔は、まず棟梁(とうりょう)がいて、この人を中心に、畳屋、木材屋さんなどの職人が手配されていました。そして、これらの職人がそれぞれ、お客さんと直接契約を結び、商談をしていたのです」

 いま家を建てようとする多くの人は、まずハウスメーカーや工務店に足を運ぶ。そこで契約が成立すると、工務店から各専門業者=職人に仕事が発注され、家が建てられていく。だが、職人と消費者が直接、言葉を交わしたり商談したりすることはまずない。

 つまり昔と今の違いは、消費者が、専門業者と直接契約を結んでいるかどうか、という点。なんだ、些細なことではないか、と思うだろうが、これが実に大きな違いなのだ。
 「たとえ全国的な大手工務店に家造りを頼んだとしても、実際に建築作業をするのは、地域の業者です。なのに、私たちはその地域の業者と言葉を交わすことなく、話もせずに家を造っていく。業者にしても、この不景気で工務店から賃金をたたかれ、頑張ろうにも頑張れない。家を作れば作るほど、地域の結びつきが薄くなっていくんですよ。おかしいと思いませんか?」

 効率化を目指す中で、こうした家造りのプロセスを、職人も消費者も受け入れてきたとはいえ、消費者は家のことをほとんど知らない、職人は経営がますます苦しくなる、という現状。小村さんが「変えたい」、と思っているのは、こんな現状なのだ。

アートクラフトのホームぺージ
アートクラフトのホームページ。小村さんの家造りに対する考え方が、わかりやすく記されています。
■「心通う家」、発進。

 小村さんは昨年、自らの思いを実現する、ひとつの企画を立ち上げた。「住まい塾の家」だ。もともと、家について消費者が理解を深めるためのセミナーで、小村さんが理想とする昔の家造りや、住宅の基礎知識について参加者に語っていた。だがそのうち、「あなたの言う方法で家を建てたい」という参加者が出てきた。現在、7棟の注文が舞い込んでいる「CM方式」というこの家造り。これまでとはひと味もふた味も違う。

 まず、お客さんが小村さんに家造りを依頼すると、小村さんは本来の仕事である「設計」を行う。しかし、設計してハイ終わり、ではない。家造りの総指揮もとる。つまり棟梁の役割を担うのだ。
 小村さんが基本設計を作り上げると、お客さん=施主との、第一回目の打ち合わせが行われる。その席にはなんと、製材屋、水道屋、電気屋などの専門業者も同席するのだ。そこでの議論は、まさに職人同士の意見のぶつけ合い。「こんな設計だと雨もりするで」など、正直な意見がズバズバ出る。

「これがお客さんにとってはいいんですよ。何しろ、自分の家に対して、職人が真剣に話し合ってくれるんですから」。

 プラスの効果があるのは、お客さんだけではない。業者間にも連帯感ができ、お互いの仕事に理解が深まる。議論を繰り返し、具体的な作業に入るころには、業者もお客さんも全員「仲間」になっているという。

「施主さんにも、専門業者にも、現場でどんどん会話をしてくれ、と言っています。話し合いのために作業が多少止まったっていいんですよ。そのやりとりが大事なんですから」

 専門業者は、いわば職人の集まり。それぞれの仕事に人方ならぬ思い入れを持っている。施主はそれに触れることができ、家についてもおのずと詳しくなる。業者にしても、施主と相対しているという緊張感から、仕事に熱が入る。買い手と作り手の気持ちが通う家造りプロセスが、ここにある。

住まい塾の家の様子
アートクラフトのホームページにある住まい塾のページ。左横が、施主への説明会の様子です。専門業者がずらっと並んでいますね。いまや、なかなか見られない光景のようです。
■名もない職人たちの写真
 専門業者と消費者をつなぐため、小村さんがやっていることが、もうひとつある。
 小村さんはお客さんの代わりに、足しげく現場に通い、そこで働く人たちの写真を撮るのだ。

 例えば、基礎工事に必要な鉄筋を運んできたおじさん。足場を組みにきたヤンキー風のおにいちゃん。普通なら、決して顧みられることのない人達だが、この人達がいなければ、家はできない。

「わしでいいんか?と恥ずかしそうにする人、顔を真っ赤にして写ってくれるお兄ちゃん、とにかく現場に関わった人全員を撮影します。この写真を、施主さんに見せるんです。涙を流して喜んでくれた施主さんもいましたよ」

 家は安い買い物ではない。だからこそ、誰がどんなふうにして造ってくれたのか知りたい。造る側にとっても、自分の努力や仕事ぶりが施主に伝わるのはうれしいし、気持ちが引き締まる。
 小村さんが撮影する写真は、現場で働く人を写した、ごく平凡なものだ。だが、施主の中では、間違いなく思い出の1枚となっている。

施主に渡される写真
小村さん撮影の写真。これが施主に届けられます。作業員たちのはにかんだ表情を見ると、ああ、この人達が一生懸命家を作ってくれているんだ、と実感します。施主が大喜びする気持ち、分かります。
■大家族のような集合住宅
 小村さんは、「住まい塾の家」による一戸建てのほか、集合住宅も手がけている。最近話題になっている「コーポラティブハウス」だ。既製のマンションを購入するのではなく、そこに住む人が話し合いながらマンションを作っていくという形態の集合住宅だ。望み通りの住まいができる、価格的に納得できるものが手に入る、というのが利点だ。

 しかし小村さんが見ているのは、そうした目先の効果だけではない。
「コーポラティブハウスを作るには、住人同士が何度も話し合いをしなくてはなりません。そんな中で、みんな家族のようになっていくんです。だからマンションが建ったあとでも、住人みんな知り合い。隣は誰が住む人ぞ、なんてことは起きないんです」。

 コーポラティブハウスとは、単なるマンションではなく、ひとつのコミュニティ。まさに、いま失われつつある、地域の風景がここにある。醤油を貸し借りしたり、子供の面倒をちょっとだけ見てもらったり。毎日顔を合わせるわけではないが、困った時は家族のように心配し合い、助け合う。いまの世の中にとって、まさに理想だ。

松江で計画中のコーポラティブハウス
松江市で計画中の、コーポラティブハウスです。いま、居住予定の住民らによる話し合いが進められています。住民になるかどうかはっきり決めていない人でも、模擬住人として話し合いに参加できるとか。話を聞けば聞くほど、参加したくなっちゃいました。

 

 地域の崩壊、社会の弱体化、いやなニュースがいっぱいある中、小村さんの住まい造りには、確かな希望の光が見える。人は、人に認められ、必要とされてこそ、人間らしく生きていける。それを体験させてくれるのが、小村さんの家造りだ。うん、一軒の家から、社会を変えることって、できるぞ!


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